◆ 2017年 4月27日◆
千葉西ロータリークラブ  第1971回例会
千葉東ロータリークラブ  第1143回例会
千葉若潮ロータリークラブ 第 821回例会
例会場: ホテルニューオータニ幕張
    千葉西ロータリークラブ 遠藤 平会長
千葉東ロータリークラブ 吉田 朋令 会長
千葉若潮ロータリークラブ 清水 隆会長 

     
  国際ロータリー第2790地区2014-15年度ガバナー 宇佐見 透様
千葉東RC米山奨学生 チョリョクヒさん
千葉西RC米山奨学生 イシジョマさん

(奨学金の授与)



 
    清水 隆 会長  
  改めまして 今晩は
千葉西RC遠藤会長と会員の皆様、そして千葉東RC吉田会長と会員の皆様、本日の3クラブ合同例会にご参加を頂きましてありがとうございます。
-私が入会する前から行われている伝統的な事業を遠藤会長と吉田会長のご理解を頂戴して、再び開催出来た事に深く感謝しております。次年度も、会長エレクト達の協議に寄り、3クラブ合同例会の開催が決まっております。まだ単年度での永続的な事業ではありますが、今後、3クラブが寄り深い繋がりを持って情報の共有と柔軟性を考えて頂ければ3クラブの発展に繋がって行く事業だと思っております。是非ともよろしくお願い致します。
-この後、宇佐見PGより、貴重なお話を語って頂きますので、簡単では御座いますが挨拶と替えさせて頂きます。

 
    国際ロータリー第2790地区2014-15年度ガバナー  宇佐見透様
 
  皆様、こんばんは。宇佐見です。きょうは卓話者としてお招き頂きありがとうございます。
最初、若潮ROの清水会長からお話があった際、簡単にお引き受けしたものの、よくよく聞いてみますと3クラブ合同との事で、これは大変と昨日まで悩み悩み苦しんでおりました。いっそ病気になるか、親戚の誰かのお葬式も考えましたが、ご迷惑をおかけすることになり、諦めました。
ただ昨日の下村復興大臣の失言の例もありますのでお話する内容も間違いがあってはとの思いで、これからお話する内容はあくまでも私見ということでお願いしたいと前置きしてのお話にさせて頂きます。さてでは何のお話をするかですが、
昨今ロータリーは変ったといわれます。事実私の年度、2015年2月に開催された規定審議会では大幅な変更がありましたが、では何がどう変わったかを私の目線で感じたことをお話したいと思います。
ただ単にロータリーと言っても私達個人一人一人のロータリアンを指す場合や、ロータリークラブを指す場合、あるいはTRFと呼ばれる国際ロータリーを指す場合など様々な意味がありロータリーが変わったといっても対象により微妙に違いがあります。
今回の改正は主にクラブの形態が変わったと思われがちですが、私には理念についての変更と考えられます。皆さんはどう感じておられますか?
皆様御存知のように1905年に創立した初期のロータリークラブは、ポール・ハリスを中心とする零細企業のオーナーが集い、相互扶助の考えから スタートしました。
即ち、倫理観が全くない荒廃した都市シカゴにおいて、
ポールはスーツをハイライムの店で新調しハイライムは石炭をシルベスターから買いガスターはポールに法律顧問を依頼するという感じです。
4人はすっかり意気投合し、ロータリーはヨチヨチ歩きの産声をあげました。また同業者がいては争いになる可能性から一業種一会員も掲げられました。
そんな彼らに翌年早くも問題が提起されます。それは新会員として声をかけられたドナルド・カーターによって提起されました。
カーターは「互いに助け合い豊になることはすばらしいと思うがクラブに入れて貰えない同業者はどうなるだろう、私達は地域社会と何らかの関わりを持って暮らしており、自分達だけが助けあい栄えるというエゴイズムの団体は永く続かないと思うと一旦は入会を断ります。要するに1906年以前には「奉仕」の概念は有りませんでした。
更には今後組織として発展してゆくためには、地域社会からその存在価値を認めて貰い信望を集める必要が出てきます。
そこに1908年アーサー・F・シェルドンが登場します。
シェルドンによりロータリーに職業奉仕の理念が導入され、商売を「経営学」という科学としてとらえる必要があり、その法則に従って企業を運営していけば、必ず事業は発展すると説きました。
良心的な企業運営をすれば、一度来たお客さんがリピーターとして2度、3度来てくれることで事業は更に発展します。
シカゴの町の中で、出来ては潰れていくたくさんの商店群の中で、常に発展している企業は 適正な価格 店主や従業員の接客態度 品ぞろえ 販売する商品に対する責任 同業者との関係 などすべての問題を含めて、いい店だと顧客が感じたら、その店に何回でも足を運ぶ、これこそサービスだと定義しました。即ち販売価格では無いと。
もう少し詳しく述べます。
私たちは事業を営むことで利益を得ますが、それは決して「自分一人で得た利益では無く」従業員、下請け業者や問屋、そういった周りの人々のおかげで 自分の企業が利益を得ています。したがって、自分に利益をもたらしてくれると考えられる人すべての人達に、自分が得た利益を適正にシェアをしながら事業を営めば、必ずあなたの事業は発展するという理論です。
ただ当時はこの様な気高い経営理念より、人々は実質的な利益に引かれてロータリーに入会していました。メリットがあると思うから入会しますがメリットが無いと感じれば退会します。ですからそこにもっと真剣に考える必要が生まれ、それを職業奉仕の理念と考え、そのためには高い道徳的な指針が必要であるということをロータリアン自らが道徳律と決め、それを各事業所の中で適用してゆくことが重要と考えたのです。
更にもう一つの理念の流れとし、ロータリアンが考えたのは、社会に対し貢献するという社会奉仕的活動の必要性です。世の中に困った人がいる限り、社会は幸福ではない。だからそういう人たちを何とか助けてゆこうということで始まった社会奉仕活動の出発点が、シカゴの公衆トイレの建設運動であり、それから後、ほとんどのロータリークラブがクラブのプロジェクトとして採用したのが身体障害児対策です。
しかしこれとは全く別の流れの中で、いわゆるロータリアンの相互理解と友情を通じながら、究極である世界の平和を目指そうという考え方から、国際奉仕という概念も生まれてきます。ただ、国によっては格差も大きく、貧困による紛争が起こっていました。
貧困を援助することによって結果的に世界の平和につなげようとの発想から、世界社会奉仕という考え方が浮かびあがり、これが後の国際奉仕に変わってゆきます。
しかし、この永遠に限りなく続く「社会奉仕活動」や「国際奉仕活動」を中心とする実践派と、そもそものロータリー活動の原点である「ロータリアンの内なる職業奉仕の理念を追い求める」理論派の溝は深まるばかりで、両派の間に葛藤が生まれてきます。
この二つの考え方を何とか調和する必要があるということで作られたのが、有名な決議23-34に繋がります。
そもそもロータリーに正しいとか正しくないなどとする考え方自体が矛盾であり、
バランス感覚の優れた日本が決議23-34を大切に思い最後までこだわり続けた理由が理解できます。以上は皆さん今まで散々聞かれた、或いは聞かされた内容かと思います。

さて目線を日本へ向けてみます。日本ロータリーの産みの親である米山梅吉は1918年に渡米し2年間ロータリーを学び、帰国後 福島喜三次(きさじ)と共に東京ロータリーを設立したのは1920年10月です。
関東大震災が1923年ですから震災前で、しかも第一次大戦の戦争景気で豊になりつつある日本財界は三井財閥の総帥であった米山梅吉翁の呼びかけに即座に対応します。
直ぐに入会希望者で溢れたことが想像できますし、当然三井財閥と関連深い企業家の社交の場として注目され、羨望の的になりますが、入会にあったては、英会話が必須など厳しい審査が行われたと記されています。
その後関東大震災に見まわれますが、すぐに国際ロータリーから多額の援助金が届き、その組織の偉大さに驚いた東京クラブは、ロータリー組織を充実させるべく会員増強に力を入れ、クラブは全国に広がり急速に発展します。
そこでロータリーの母国アメリカと同じ様な問題になったのが職業奉仕というロータリー独特の考え方です。ここからは少し穿ったお話しになります。全くの私見であることを再び前置きし、お許し頂きお聞き下さい。
日本には長く士農工商という身分制度が存在していました。
明治以降、この制度は無くなり武士は廃藩と共に戦闘要員としての仕事や、幕藩体制の中行政役人としての仕事が無くなってしまいます。結果、武士を捨て、苦しみ乍らも 農業、工業、商業を自らの生業とする人達が大半でしたが一部、洋学、蘭学を学んだ知識階級の武士の人達から 新政府役人、医師、弁護士、教師、薬剤師、学者などに代表される知的職業集団も形成されました。
この様な状況の中、第二次大戦後、再び復活したロータリークラブには、戦後の復興景気も追い風となり、社会が安定しだすと、一部の知的階級の方々、それは祖先を武士に持たれ、戦後の近代化社会を形成するに必要とされた、医師や弁護士、起業家、画家、音楽家、建築士などの方々で、当時の財界人の方々と親交のあった、知的職業人ノ方々 がロータリー思想に共感され、豊かになりつつある日本の中で入会されます。
当時いわゆる商取引を主に、儲かったお金を皆で出し合い、社会に還元しようとするライオンズに対抗し、いわゆる職業奉仕の考えがロータリーを拡大させる大きな流れを作った様に思えるのです。
ですから、ロータリーは「I Sarve (アイ・サーブ)」であり方やライオンズは「We Sarve(ウィ・サーブ)」という話は25年前私が入会した平成当初良く先輩から教えられた話でした。
更にロータリーはその基盤であった武士道から「陰徳の美」を奨励しました。決して目立たぬよう善行に励み、「自分の職業を持って社会に奉仕する」という考えが徹底され、1業種1社の決まりと陰徳の美による職業奉仕でしばられていました。これがなかなか理解しがたいものでした。
この様な状況から戦後70年以上経て、復興期にロータリーに入会され日本のロータリーの基礎を作られた方々が現役を去られる昨今、世代交代に伴う新会員の増強計画にあたり、前ほど拡大出来なくなったことや、或るは陰徳の美により、「ロータリーとは何をやっている団体か解らない」とか一業種一社では限界があるなど様々な問題が出て来ました
そこで2005年ロータリー100年を期にロータリーは大きく舵を切ったのです。
職業奉仕に関しては最初にお話ししました様にいわゆる理論派と実践派の対立軸ではない日本人の得意とするバランス感覚が重要との方向性が見えています。
また、地域の実情にあった効果的社会奉仕事業や、国際規模での貧困や衛生問題等々人類の幸福を求める活動としての国際奉仕活動、を実践するという目的の為、以前は社会奉仕委員会、国際奉仕委員会とそれぞれの委員会が独立、分かれておりましが、クラブ会員減少に伴い、地域社会と国際社会の尺度のちがいこそあれ、奉仕という共通の言葉から地区組織では3年前より一緒にした奉仕プロジェクト委員会が設置されました。
旧4大奉仕から新5大奉仕への転回です。幸いここにおられる3クラブの皆様はCLPをいち早く導入されておられます。ロータリーは次への100年に向けて新たな船出をした事を受け止め、新たな2790地区の活性化をめざし歩みはじめなければなりません。
地区としても首都圏に負けない様新たな活動を始めようとしています。ガラパゴス進化と言われないよう祈念し、取り止めのない卓話になりましたが、これで終わらせて頂きます。

最後次年度当地区ガバナー補佐は私どもの宮本会員が努めさせて頂く予定です。
聞くところでは、早速ロータリー情報研究会に今日お話しした職業奉仕論の第一人者である本田博己さんを講師にお招きして開催されるようです。ぜひ皆様のご参加をお願いします。