◆ 2018年 10月4日  870回 例会 ◆

例会場:ホテルニューオータニ幕張

     R米山記念奨学委員 齋藤博昭様  
               米山奨学生 チョウ トクショウ 様

 
     松原 正吾 会長  
   私は、男3人の兄弟で長男になるのですが、子供の頃は2歳差で歳もさほど離れていなかったので子供の頃は喧嘩ばかりしていました。年齢と共にお互い穏やかになり、今では結構仲良く付き合っています。弟2人は、それぞれ家族を持ち、都内と埼玉に住んでおり、盆暮れに集まる程度でしたが、2年程前に今までほとんど無趣味だった一番末の弟がゴルフをやるようになり、それをきっかけに1、2カ月に一回程度兄弟でゴルフをやるようになりました。ゴルフは、一日一緒にいますが、この歳であまり弟達と集まって過ごす事もないので、いい機会だと思っています。
今年の春先、そんな話を羨ましいと思ったのか、10年程前に脳梗塞を患い、後遺症が残ったため、それまで夢中だったゴルフをやめていた父が、俺も参加すると言い出しました。リハビリにもなるし、いい機会だと思い今では父も含め4人で一緒に回っています。
先々月お盆休みにも行く事になり、実家近くのゴルフ場を予約し、前日に兄弟そろって実家に泊まる事になりました。私が結婚してからは、実家に集まる時は、兄弟の他に自分たちの家族が一緒でしたので、両親そして兄弟の5人で過ごすのは約20年ぶりとなりました。それがすごく珍しく両親特に母が非常に喜んでいました。後何回こんな機会が作れるだろうとつい考えてしまった一日でした。
これからもなるべく多くこんな機会を増やしていけたらと思っています。

 
     村田 秀喜 幹 事  
  理事会報告
以下の7議案が出席理事・役員全員の賛成可決にて承認されております。
① 11月プログラムの件
② 次年度理事・役員指名委員会設置の件
 及び2019-20年度理事・役員選出告示の件
③ 西日本豪雨災害義援金支出の件
④ 北海道胆振東部地震災害義援金の件
⑤ 2018-19年度予算案の件
⑥ ローターアクトクラブ設立に伴う別途積立金「奉仕活動基金」支出の件
⑦前回(9/14)第3回定例理事会議事録承認の件

 
  伊奈徹・小金澤庸晃・中路泰博・中野聖子 各会員

 
   清水隆・鈴木章浩 各会員

 
   「米山月間に因んで」 米山奨学生紹介 米山奨学委員会 齋藤博昭様
  米山奨学生卓話:チョウ トクショウ 様
 
  ロータリークラブの皆様、こんばんは
私は千葉科学大学工学技術危機管理学科4年生の張徳昌と申します。今年4月から銚子東ロータリークラブで一年間お世話になることになりました。ロータリー米山奨学生に選ばれ、ロータリー米山記念奨学会、そしてロータリアンの皆様に心から感謝を申し上げます。本日は例会で卓話の機会をいただき、ありがとうございます。まず簡単に私の生まれた町について紹介させていただきたいと思っています。

私は基隆(きりゅう/キールン)という町に生まれました。基隆市は台北の東北、電車を利用して約40分の所にあります。姉妹都市は沖縄の宮古島市、石川県の中能登町です。基隆は台湾で高雄港に次ぐ2番目の貨物取扱量を誇る基隆港を抱え、貿易・物流の重要な拠点となっています。
お集まりの皆様には基隆という町をご存知ない方が多いと思いますので歴史を紹介させていただきます。1626年にスペイン人が社寮島(現在の和平島)を占領しサン・サルバドル城を築き、その頃には先住民や漢人の町が形成されていました。1642年にオランダ人がスペイン人に代わって社寮島を占領し、石炭や金の採掘に着手しましたが、1668年に明朝の鄭成功がオランダ人を駆逐し、港町として整備しました。その後1683年に清朝が鄭成功一派を撃破した後に清国の支配下に入ります。これにより入植する漢人が増えましたが、イギリスの軍船による侵犯事件が起こりました。清朝統治時代の1863年、対外的に正式に貿易港として位置づけられました。さらに1875年に清朝政府がここに台湾指令部を置きました。
1884年にフランス軍が基隆に上陸し劉銘伝率いる部隊と8ヶ月に渡り対峙する清仏戦争が起こりました。1886年に劉銘伝が台湾知事に就任した時、基隆の重要性を認識していたので、鉄道の施設、港湾や砲台の修復を積極的に進め、台湾初となる鉄道トンネルとなる獅球嶺砲台を完成させました。
1895年に日本が下関条約により台湾を接収、澳底に上陸ののち基隆に入りました。基隆は日本統治時代以前から対外貿易の拠点となっていましたが港湾の水深が浅く岩礁も多かったため大型船の停泊には適さず、近代的な港として発展するには限界がありました。日本政府は台湾統治を開始した4年後の1899年より港湾周囲の浚渫(しゅんせつ)工事と防波堤の建設などを進め、1万トン級の船舶が停泊可能な近代港湾として整備しました。同時に基隆は台湾縦貫鉄道の北側の起点とされ、その経済的な重要性はさらに高まりました。また軍事面でも基隆は日本海軍が駐留する軍港とされ要塞地帯(基隆要塞)にも指定されていました。
基隆は台湾では日本に最も近く日本内陸との貿易港としても繁栄しました。また内陸から移住する多くの日本人により急速に都市化が進展、1925年には市制が施行され人口は約7万(内地人が25%)の都市へ発展しました。太平洋戦争(大東亜戦争)中は、その重要性から米軍の攻撃も受けています。
現在、基隆は台湾北部の港湾都市として、台北の外港・衛星都市として発展しています。1984年には、コンテナ業務の取扱量世界第7位を記録し、輸出入取扱総額台湾一の港湾として現在に至ります。近年は基隆港周辺の整備による観光化が進められています。
1. 日本留学のきっかけ
私は子どもの頃から機械が好きで、いろいろな機械に触れましたが日本で製造された機械の性能が高く日本の技術に強い関心を持っていました。さらに私は日本のアニメが好きだったこともあり、日本留学に強い興味を持ちました。留学先について調べていたところ日本で働いている叔母が千葉科学大学を紹介してくれました。千葉科学大学には危機管理学部航空技術危機管理学科(旧・工学技術危機管理学科)という学科があり、工学的な知識を学べることがわかりました。さらに、千葉科学大学では人を助けたいという若者を育てることを目標にしており、そのために危機管理の専門知識を学ぶことができ人を助けたいという気持ちを持っていた自分に合っているのではないかと考え、千葉科学大学を留学先として考えました。しかし、日本人が使う五十音が全然分からない状況であったので、まずは2012年春に千葉科学大学留学生別科に入学することにしました。日本語を一生懸命勉強したところ2013年3月修了時には、日本語能力試験N2を取得することができました。そのため2013年4月に航空・技術危機管理学科に入学することができました。

2. 現在取り組んでいること
入学後、ボランティア活動を積極的に行っています。ボランティア活動ではいろいろな人との出会いと交流が行われ、このようなことに興味を感じていたからです。一番好きなボランティア活動は外国人交流のボランティアです。理由は日本人だけの交流ではなくいろんな外国人との出会いができるためです。例えば、入学のために留学生が来日するときには国際交流課の先生と一緒に空港に出迎えにいき、日本の生活について自分の経験を説明し、留学生が早く日本の生活に溶け込めるようサポートしています。更に高校生に大学を紹介する学科イベント(オープンキャンパス)では大学生の立場から授業や大学生活の紹介をしています。
2014年に千葉科学大学の学生を含めた日本の大学生の台湾研修(10日間)が行われた際、台湾現地で現地の台湾大学生と共に受け入れのサポートをボランティアで行いました。
3. 卒業研究について
台湾では台風による風害や水害による被害のほか、地震による建物の倒壊被害がたびたび発生しています。残念ながら、現在の台湾にはこのような自然災害に対する対応技術や防災技術がほとんどないといってもよいと思っています。
地震による建物倒壊被害について、その状態を調べると多くの被災者は倒壊した建物の瓦礫の中で命を失っています。建物倒壊にいたった要因については、次の二点が挙げられます。まず、耐震検査に合格した建物が全体の2割ほどしかないことです。ついで、台湾における多くの建物が老化していることです。
自分が学んでいる工学技術危機管理学科では被災者を捜索したり、救出したりする技術が紹介されるが、現在の技術を進化させる必要性が述べられています。
自分としてはクローラロボットのような道具を使い被災者を捜索したり救出したりする技術を研究し、災害発生時に被災者を速やかに救助できるようにしたいと考えています。

4. 卒業後について
4年生になり、就職活動に取り組みました。留学生対象の日本の企業は少なく、技術系の仕事を探したところ技術支援会社より内定をいただきました。その会社で技術を請け負う相手は地域や業種が異なる多くの会社があり、それらの人々とお付き合いできることは自分にとっての楽しみと思っています。CAD技術を生かして、仕事を進め、さらに、日本の企業がもっている新しい技術にもチャレンジして積極的にそれらを身に付けていきたいと考えています。日本におけるこのような企業経験を踏まえて台湾に戻り、技術を活かしたいと思っています。
5. 最後に
最後に「光陰矢の如し」と言われますが、時間の経つのは本当に早いものです。日本に留学して、今年で5年目を迎えることとなりました。この5年間の留学生活を振り返ってみると、留学を通して本当に多くのものを得ることができました。そして、私にとっての留学生活で一番うれしかったことは、今年米山奨学生に選ばれたことです。台湾における災害の被害をなくしたいという希望を持ち、そのための知識や技術を修めるため一生懸命勉強していますが、学費と生活費のことを考えると勉強に集中できませんでした。今年はこれまでの3年間学んできた基礎知識を踏まえて、防災にかんする学問知識を構築する大切な一年です。今回奨学生に選んでいただけたことで、このような勉強に集中できることはとても幸せなことだと感じています。さらに、例会、卓話の会で私の研究を紹介させていただくことは大学とは違うとても貴重な場で将来社会人になった時にとても役に立つ経験をさせていただくことができるということでありがたいと思っています。また、例会や研修会に出席いただけることでロータリアンの皆様から大学の先生から聞いていない社会人知識や生活面知識を教えていただき、年金や名刺の作り方などでもアドバイスを得ることができました。ロータリアンの皆様からいつも暖かい言葉をいただき心強く思っています。私にとってロータリアンの皆様は日本における家族のような存在と思うようになりました。本日はこの機会をお借りして感謝の気持ちを伝えたいと思っております。
最後になりますが、本日はこのような貴重な席にいただき、誠にありがとうございました。これまでのご支援に改めて感謝申し上げますとともに、今後もご指導いただきますよう、よろしくお願いいたします。
ご清聴有難うございました。